ずっと昔から、私はなにかを書きたいと思っている。でも、何度も、テキストファイルを開けてはみたものの、見出しさえ入力できなかった。私なんか、本当に読みがいのある文章を書けるかな、と思ってしまう。
中学時代の私は作文が苦手で、とても嫌いだった。作文と言ったら、すぐに頭が痛くなった。そうして、卒業した以来、作文を書いていない。
実は、子ども時の私はそうではなかった。小学校の時、私はいい文章がを書くことができた。ある時、私は見渡す限りの雪原を砂漠になぞらえた。今見れば少し天真爛漫だけど、それは感性というものだろう。
でも、成長した私は、次第に自分が好きな文章が書けなくなってしまった。いい点数のために、先生が好きな文章を書かなければならなかった。だから、私は作文が嫌いになてしまっただろう。
ならば、また自分が書きたいものを書こう。あれそれ悩んだ末に、そう考えている私はようやく第一歩を踏み出す。
まずは花譜ちゃんの曲『邂逅』に感謝する。
(わたし本当に神椿が大好きだな。)
なんで皆一緒に生きていけないんだ、
肌の色で性別で恐れ合うんだ、
いつか変わるからって何年続けてるんだ、
時代ごとに違う差別同じ憎しみ、
世界平和なんて噓だ 皆一人ぼっちだ。
———— 「邂逅」- 花譜
とても優しくて、感動的な曲だ。特に、この歌詞が好きだ。世界は理不尽かもしれないけれど、きれいだと思う。
本文の冒頭で、「本当に読みがいのある文章を書けるかな」と書いた。でも、一昨日、友達とお酒を飲んで、夜の街を散歩していたとき、突然、私のブロッグを読んでみたいといってくれた。人は孤島ではないな、自分の行いは本当に周りの人に影響を与えることができるのだ、と気づかされた。彼はこの文章を読むか読まないか、理解できるかできないかは構わない。ただ自分の言葉は世界中の人がインターネットを通して世界中の人に見られるということ、この責任を改めて気づいた。
だから、悩んでばかりはいられない。私は人類の差別を理解できるように、自分の声を世界中に響かせるために、好きな言語を学ぶために、まだ勉強中のこの言語で、このまだ未熟な言葉で自分の心を打ち明ける。といっても、自分の興味のある話題を力の限りで語るというとこらだ。
これを契機に、京都大学の夢を叶えるために、語彙力を磨く。会話や表現は、いくら単語と文法を覚えたところで、実際に練習しないと上達できない。相手がいないので、対話の代わりに、作文を練習をすることは役に立つと思う。
議論する文章は日記と違う。違う表現手法を使うことができる。でもどれも重要だから、まあ、たぶん、日記みたいなものも書いてみてたい、お楽しみください!(この文章は論文にはならない、散文と呼んだほうがいいだろう)
わたしは、「Siriusuna」と申します。ここに、この『シリウスステーション』で、週に一度文章を発表する。リクエストは不要だ(www)。
ここに来てくれて、最後まで読み切ってくれて本当にありがとう。
もっと明るい場所で会おう。